マイクの前のキミとラジオの前のワタシ
今日11/21源さんに会えない火曜の深夜第2週を迎えた。
眠い目をこすり、横になったら寝てしまうから部屋掃除をしつつ、無理して27時まで起きていなくても良いのだ。
なんなら日付が変わる前に照明を消しベッドに入っても良い。
なんのことはない、月曜の夜と同じだ。
11/7の放送で源さんが3週間の有給休暇を取ると言った時なんとも言えない寂しい気持ちになった。
なんの脈略もなく突然発表された衝撃も手伝い、その事実が自分に重くのしかかった。
仕方ないのはわかっている。ラジオをやる事でこの先の仕事が渋滞してしまうから源さんも泣く泣く有給休暇を申請したのだ。
わかってはいるものの、ぶつけようのない寂しさ、空虚感、虚無感はいかようにも拭い去る事が出来なかった。
自分の中でこんなにも源さんのラジオが大切で生活の一部になっていたのだと思い知った。シフト勤務のように日月火は8時から17時まで仕事、火曜の25時から星野源のオールナイトニッポン、水木は11時から20時まで、と言ったような感じに。
可愛い源さん、かっこいい源さん、ヲタクな源さん、エロい源さんetc..ラジオで色んな源さんを感じることが出来る。
姿も見えないのに何度枕に顔を押し付け雄叫びを上げながら悶絶しじたばたしたことか。
ラジオは本当に特殊なメディアだと思う。テレビの派手さは無い、雑誌のちゃんとした感じも無い。でも毎週生で声を届け誰もいない部屋で一人ラジオから流れてくるその声を聞いていると姿こそは見えないけれど深夜のおしゃべりを楽しんでいるような気持ちになる。
自分が小さい頃、テレビは一家に一台だった時代、自分の部屋で楽しむのはテレビの音楽番組からカセットテープにに生録したものを聞くかラジオだった。
自分の部屋で、インターネットなど言葉すら無かった(知らないだけ?)時代に外の世界と繋がるのは唯一ラジオだった。
思春期の昭和の記憶。
今は自分専用のテレビもレコーダーもスマホもパソコンもあるけれどここは敢えてラジオで。
大好きな源さんの声に耳を傾けて。
以前ふとリアタイしていて思った事がある。
“ツアーも無くテレビに出る仕事も無い時期に毎週生放送で源さんの声を聞ける事が本当に幸せだ” と。
ラジオがあるおかげで今やっている仕事の裏話を聞けたり、感想を言えたり。
毎週27時過ぎの源さんの姿を見られるなんて、どれだけ幸せなことか。
もっともっとありがたくラジオを聞こう。
12/5の深夜25時、ラジオの前のワタシは3週間の禊を終えマイクの前のキミに会える瞬間を楽しみに待つことにしよう。
第一声はなんだろう、そんな事を考えながら。
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