きのこだきのこ

自称・星野源専門エッセイスト
自称・星野源専門画像編集家
自称・星野源専門映像クリエイター
総称して「星野源研究家」(自称)

記事一覧(22)

飾らぬ愛に溢れた最高の空間の出来事

私は幸せ者である。本当に幸せ者である。2019年2月3日私は大阪にいた。奇しくもこの日私はひとつ年齢を重ねた。わざわざお伝えする年齢でもないので、年齢については割愛させて頂こう。ドームツアーの詳細が発表された時、私は迷いなく大阪行きを決めた。自分の誕生日に源さんのライブを見ることが出来るからだ。こんなチャンスそうあるものではないし、申し込まずには居られなかった。HOSHINO GEN DOME TOUR 2019 POP VIRUS Report いや、感想。2019.2.3 京セラドーム大阪 2019.2.27&28 東京ドーム幕張のライブではまったく源さんの姿をこの目で見ることはできなかった。今回の座席はアリーナではなくスタンド席だった為、前の人の頭はきにならずメインステージ、センターの花道、サブステージまで見渡せるのだ。どこにいてもよく見える。ドームとは言え案外近いなと感じた。16時を少し過ぎた頃客電が落ちた。花道の途中の小さめのステージに現れた源さんは、だぼっとした真っ赤なパーカ、緩めの黒いパンツをはいていた。ここ数年ずっとライブではスーツだったが去年末の幕張のイベントや音楽番組ではパーカーを着ることが増えてきたように思う。いや、遡ればFamily song辺りからゆとりのある服装が増えたように思う。01.歌を歌うときは源さんが肩からかけたアコースティックギターを肩にかけた。ドームのライブでいきなり弾き語りで始まるとは!!!しかもこの曲を1曲目に持ってきたのはきっとなんらかの思いがあるに違いないと思った。一般的にはドーム公演らしく華々しく照明キラキラの中でやりそうな所にこの選曲である。ライブが始まる前にやらなくてはいけない曲のような、そんなあるかないか分からない意図すら感じた。だが、語彙力の無さが妬ましい。02.POP VIRUS赤と青か混ざったような色合いの照明が源さんを照らす。POP VIRUSがリリースされてから、いやラジオで宇宙初フル解禁してからこの曲を好きだった。またなんて凄い曲を作ったのだと呆気にとられた。目を閉じてその音を感じる、03.地獄でなぜ悪い 04.Get a Feel 05.桜の森 06.肌 07.pair dancer メインステージサイドと花道のステージ、そしてサブステージでイレブンプレイの方々がペアになって踊っていた、その姿がとても美しく見とれてしまった。静かな曲で踊るというのもなかなか新鮮だった。08.Present ステージの前方に下から(上から?)カーテンの様に注ぐ光がとても綺麗だった。09.サピエンス イレブンプレイさんの踊りに合わせてパラパラ風のダンスが可愛い。10.ドラえもん なぜかドラえもんは生で聴けないんだろうと思っていたのだが、ドームツアーで歌ってくれてとても嬉しかった。11.ばらばら 客席から登場した源さん、参加した3回の公演でどこで歌っているか全く見えなかったが、客席の中で歌ってくれるなんて、その場に居られたらなんて幸せなのだろう。そんなことを思いながらモニターを見ていた。ドームで聴く初期の曲が本当に格別でいつも以上に心に響いたのは言うまでもない。 12.KIDS STUTS君のソロパフォーマンスの後サブステージに現れた。ツアースタッフ用のアノラックと緩めのデニム、サングラスをしている。何度も床に寝そべったり胡坐をかいたり。大阪公演の時 一緒に見ていたリア友は「もっと声を張って喋ればいいのに」と言っていたけれど、あれは声を張るものじゃなくて、リハーサルを盗み見ているよなそんな感じにしたかったんだと思う。ちゃんとそれを知っているファンは嬉しくてたまらない。ドームじゃなくてリハのスタジオのようなそんな風景で、とてもじゃないが4万5万もいるドームの中だとは到底思えない光景だった。 ハマ君の絶妙すぎる軽快なトーク、カースケさんのどこまで計算なのかわからないキケンなムード(笑)ライブを見てあんなに本気で笑ったことなどないくらい笑った。 東京ドームでは尾崎豊さんのI LOVE YOUを熱唱したり、事前に打ち合わせなどしていないというのはよくわかった。円盤で見られないのが残念で仕方ない。13.プリン 14.くせのうた バンドバージョンで聴く昔の曲もとてもよい。 15.化物 16.恋 17.SUN 18.アイデア アイデアに入る前いつになくまじめな面持ちでアイデアが出来るまでの経緯を話してくれた。源さんも色んなものと戦いながら今を生きているのだ。そんな言葉を聞いた後のアイデアはまたいつもと違って聴こえた。19.WEEKEND 総勢16人の真っ赤な衣装を身に着けたイレブンプレイの皆さんは圧巻。源さんのライブに不可欠だと再認識した。20.Family Song アンコール21.君は薔薇より美しいいつものようにニセ明が出てくると信じて疑わなかった。そうあの瞬間までは。曲の途中で舞台袖から青いコートを羽織った人物が出てきた。「あれは誰だ?」モニターを見ると今出てきた青いコートの男は源さんだった。じゃあ花道で君は薔薇より美しいをキモく意気揚々と歌っているロン毛サングラスの人物は誰なんだ。すぐに状況を掴めず本格的に頭が混乱した。東京ドーム公演の前に、アンコール直後のモニターに映ったニセ明は本物のニセ明だった事が分かった。モニターに本物を映されたら、ドームと言う広い場所ではわかりようもない。なんてことを考えるのだ星野源って男は!ドーム公演ならではの演出に度肝を抜かれた。ニセニセ明と星野源、ウソノ晴臣が花道上で戯れる姿が本当にカオスで心底面白かった。メンバー紹介中、源さんとニセニセ明がちゃぶ台の上でトランプをやっている。すべてが想像を絶する光景だった。それにしても、源さんの風貌で聴く君は薔薇より美しいも貴重で嬉しかった。一度この君薔薇劇場(と私は呼んでいる)を知った上で見る公演はまた格別で、この曲の時の周囲の反応が本当に面白い。それまでみんな「ニセが来たぞ」と笑いながら踊り、手を叩いているのだが、源さんが出てきた瞬間踊りも手拍子も止まり笑顔もなくなる。源さんが言っていたように「あれ誰だよ」という目で源さんを見ているのだ。その姿を見るのはたまらなく面白く楽しみになっていた。その光景を毎度ステージ上から見ていた源さんはさぞ楽しかっただろう。22.時よ23.Hello Song アップテンポな曲でライブが終わるのは久しぶりではないかと思う。ドームライブの最後を飾るのに相応しい楽曲だった。Hello Songが終わりPOP VIRUSの音源が流れるバンドメンバー、ダンサー、寺ちゃんを含め全員が花道に並んび挨拶をし最後にバンドメンバーがそれぞれの楽器の位置につき最後数小節を演奏、源さんもそれに合わせる。これが終われば楽しかった夢のような時間も終わりを告げる。優しさに包まれた3時間だった。星野源から信頼され、そして愛された愉快な仲間たちが奏でる上質のサウンドを、素敵なダンサー達が作る華やかな世界観やパワーを、表に出ることの無いたくさんのスタッフが作り上げたステージを、そして源さんが作り歌う音楽を、自分の身体全体で受け止める事が出来る何ものにも変え難い特別な時間で同じ時代に生まれて本当に良かったと実感する瞬間だった。大阪公演の後1人ホテルに戻ってもテレビをつけず無音の室内で過ごした。余計な音を入れたくなかった。まだ耳の奥や脳に残るあのサウンド、源さんの声を感じていたかった。眠ってしまったら今日のことは夢だったんじゃないかって思えて、身体は疲れているもののなかなか眠りに付けなかった。クソみたいな日々の生活の中でそれらを忘れさせてくれる一筋の光が源さんのライブ。こうしてライブを見られた事を心から感謝したい。源さんがそこにいて、歌を歌ってくれること、その声を聞ける事は決して当たり前の事ではなく、それ自体が奇跡なのだから。またこの次も笑顔で会いましょう最高の誕生日をありがとう。ところで源さん、前より歌が上手くなってる気がしませんか?※大阪公演直後、ホテルで骨組部分を書き上げ、後に肉付けをし書き上げました。

多幸感溢れる一拍の永遠を

12/17。2018年も押し迫ったこのころ、2018年初めてとなる源さんのライブが千葉県千葉市で開催された。会場となった幕張メッセはイベントホールである為フルフラットだ。立ち見席だし、源さんを見ることは不可能かもしれないと覚悟はあった。案の定ステージは上部半分しか見えなかった。 マークロンソンさんのパフォーマンスの後、いよいよ源さんの登場となった。 それまでで一番大きな歓声に包まれた会場に鳥肌が立った。白いパーカーの上に黒いジャケットを羽織り、緩めのパンツ姿で現れた。だが源さんの姿は全く見えない。飛び跳ねた瞬間だけピンスポで照らしだされた源さんらしき人を見る程度だった。 でもこれがなかなかどうして、楽しいのである。1年3か月振りのライブだからなのかなんなのか、初めてライブを心許す友と見たからなのかモニターしか見ていないのに楽しくて仕方がなかったのである。 【セットリスト】01:Firecracker 02:地獄でなぜ悪い 03:桜の森 04:Night Troop 05:肌 06:Snow Man 07:恋 08:SUN 09:アイデア 10:Friend Ship   ~アンコール~ 11:Week End 初めて生で聴いたアイデアは言葉にならない感動を与えてくれた。「よかったぁ」いや、そんな簡単な言葉じゃ足らない。曲を聴いていて、その時に作った気持ちが伝わるとかそんなことは今まで一度も無かったし、わからなかったし。 だがアイデアを聴いた時、自分の心にずんと響くものがあった。星野源はとんでもない楽曲を作りあげた、そう思った。 今までアイデアの感想が書けなかったのは、源さんが生み出す曲が素晴らしすぎて自分の辞書にある陳腐過ぎる言葉では表現できなかったからだ。「凄い曲だ」と言うものは身体中で感じているものの、それをうまく言葉に変換してアウトプットできない。そんなことを感じたのはアイデアが初めてだった。 「Week Endが終わって源さんが「客出しの音楽をお願いします」と言った後必要以上に大きく流れるPOP VIRUS観客は自然と曲に合わせて歌い始める。すると源さんも嬉しそうにそれに合わせて歌い始めた。その想定外にPOP VIRUSを歌ってくれてたことに、自分を含め歓喜の声を上げた。源さんの歌はワンコーラスだったものの、歌わないと言っていたPOP VIRUSを歌ってくれた。なんて嬉しい事してくれるんだ、あの人は。 【源さんによる幕張LIVEの感想】POP VIRUSの発売前だったということもあり、POP VIRUSの収録曲はDOMEライブにとっておきたいなと思ってほぼやりませんでした。アイデアはやりましたよ、そうだ!アイデアは初めてやりましたね。CD通りのアレンジで、おげんさんアレンジではない形でやりました。あと肌と言う曲も始めてやらせて頂きました。それで客出しの音をPOP VIRUSの表題曲にしたんですよ。なんでそうしたかと言うとPOP VIRUSを客出しにして、「ななななーなな」というストリングス、と言うかイントロのインターと言うところがあってそこをみんなで歌おうと思ったの。でメロディはきっとわかってくれている人も多いんじゃないなと思ったから「ララララーララ」でみんなで歌おうと思って客出しの音のふりをしてかけようというのをちょっと考えて直前にPOP VIRUSをかけたいとお願いをしてかけてもらったの。で、そのインターのとことろまで実際の歌があるから時間があるんだけど、それまでに一緒に歌おうと言おうと思ったの。そしたらみんなが歌詞を覚えてすでに歌ってくれたんですよ。それに僕はすごい感動をして「嬉しい!!!」と思って、だからその前に歌っちゃえと思って一緒に歌いました。前半だけでしたけどね。あの瞬間、多幸感が凄かったですね、お客さんがインターに入った時のどかーーん!みたいな感じっていうかあれはちょっと幸せな瞬間でした。ANNを聴いて、あれが源さんの想像ができない所で起こったものだという事が分かった。こういう予定外の事は、私たち観客も、源さんも熱くさせるのだと。姿が見えなくても、一緒に同じ多幸感を味わえた事は何事にも代えがたいのだ。どこで起こった出来事なのかよくわからないが、思い出した部分を箇条書き。 ・MCで「暑い」と言って黒いジャケを脱ぐ源さん。 ・モニター越しに流れる汗を確認→そりゃ暑いでしょうよ。・着替え後鼻をかむから電気つけないでとスタッフに懇願。→いや、電気をつけてと懇願する私。・リハ中は極寒の会場だった。今はお客さんの熱気が凄い。→熱気出しまくってます! ・曲中、歌詞を間違えて歌い、メロディに「歌詞間違えた」という言葉を乗せ歌う。 ・曲中いつものはちみつドリンクをごくりと飲む姿。 ・黒いストラトのギターは初めて見て気がする。 ・ベースのハマ君が「源のライトが俺に当たって暑い」と苦情。 ・「みなたんPOP VIRUS予約しましたか。予約しないと殴るぞ」と最強のツンデレ発言。→噛み方も可愛すぎる。 ・メンバーに絡む姿もかわいい..・恋もアイデアもダンサーさん無し。恋では変な踊り多数。 ・体調不良にもかかわらず来日しパフォーマンスしてくださったマークさんへの感謝の言葉を何度も。 ・またもアンコールを予告。大きく拍手してくれれば出てくる。 ・Friend Shipが終わってから3分ほどでアンコール。 【源さん談】「本当にいい景色でしたよ。恋の時にみんなが踊ってくれている揃ったダンスも見ていて気持ちよかったし、そのあとのSUNとかWEEKENDで踊ってくれているぐちゃぐちゃな客席もやっぱり、相変わらずぐちゃぐちゃな客席は最高だなと思いながら歌っていました。日本人ってクラブでは踊りなれているかもしれないけど、アリーナのような一人づつ少し距離が空いてっていう場所では好きに踊りにくいんだけどそれでもやっぱりマークの時にみんな頑張って踊って、しかも楽しそうで。僕後ろで見てたんだけど車いす用のスペースとかがあってそこでもみんな手を挙げながら踊っていて凄い感動的でした。 私は星野源のライブを合計3回見たが、そのどれよりも今回のライブはいい意味で力が抜けているなと感じたライブだった。遠いながらも、実物の源さんを見たのがほんの数秒でも、私にとって、この日のライブは忘れらないものになった。 あの多幸感溢れる一拍の永遠を私は、忘れない。

結婚

昔好きだった俳優が結婚する事になった。いや、結婚した。当時の友人が、自分の子供が亡くなった時と同じ位にショックだと言っていた。どうしようもない気持ち。行き場のないモヤモヤ感。1人の女性と生涯添い遂げようと彼が選んだのだ。落ち込むなと言ってもそれは無理な話。源さんを好きになった今、痛いほど理解出来る。昔好きだった俳優さんには以前からずっと、早く結婚をして欲しいと思っていた。あれから10年以上経ってようやくこの日を迎えたのだ。私的にはもちろん、手放しで「おめでとう!!」なのだけど、普通、ファンと言う立場からすると、なんとも言えない複雑な感情で簡単な言葉では片付けることが出来ないのだ。もちろん、その有名人と結婚出来るなんて思ってはいない。とある夜に「源さんは今1人で何をしてるのかしら。ゲームをやってるのかしら、それとも曲を作ってるのかしら。」と考える。それが結婚をする事によって「今頃イチャコラしてるのかしら。」と言う考えが加わる。もう、考えただけで胸がキリキリ痛むのだ。それだけ、結婚というのはファンにとっても、大きな出来事であることに変わりはない。それでもファンはその対象の有名人が独身だとすると、一生かかっても、いや生まれ変わったとしても叶わない夢を妄想し、ニヤけもする。それが密かな楽しみなのだから仕方がない。だが、結婚を正式に発表されるとそんな妄想すら罪なことの用に思えるし、何より虚しくなるのだ。だからこそ、有名人が結婚すると〇〇ロスとかそんな言葉が出てくるのではないだろうか。そこで私は、源さんが結婚をしたと想定し、真剣に考えてみようと思う。どんな感情が沸き起こるのか考えてみる。「星野源、結婚!!」と言うニュースが流れる。誰と?→〇〇かぁ→どこを好きになったんだ?→結婚への決め手は?→とうとうこの日が来てしまった→何もやる気がしない→仕事休む→落ち込む→泣く多分初めて泣くと思う→しばらく曲も聴けないし、映像もみれないし写真も見れない→ファンを卒業?→卒業って何?→結婚したくらいで卒業出来るような甘ちょろい気持ちだったのか?自分。源さん自身も、源さんの才能も、源さんが生み出す曲も歌詞も全て好きだったんじゃないのか?→自分が辛い時たくさん助けてもらったじゃないか→1番辛いのは源さんが結婚することより、自分より先に居なくなることだったんじゃないか?→源さんは生きてる→やっぱりいい曲書くよね→泣く→ライブ映像を見る→ライブ楽しかったよね→ライブ見たいよね→やっぱり好き→ずっと好き悲しいこともそうだけど、楽しいこともいつまでも同じ状況下にいることは出来無いと私は思っている。生きていれば自分の置かれている状況も、源さんの置かれている状況も変わるだろう。源さんはこの先、私たちファンにとって、良いことや悪いことを決断するかもしれない。それが源さんが決めたことならば私は、どんなに辛い事でもその決断を乗り越えたいと思う。私が1番耐え難いのは源さんが結婚するより、源さんが居なくなることの方が耐えられない。そりゃ可能ならば結婚したいけどさぁゴニョゴニョゴニョ...私は源さんに生きる希望を貰ってる。源さんの曲に助けられ、源さんの存在に癒され、生きてゆくための活力や元気を貰ってる。だからきっと源さんが結婚をしたとしても、様々な紆余曲折を乗り越え、今と変わらず源さんを好きでいるのだと思う。だって、源さんが結婚をしたとしても何一つ変わらないのだから。...と2018年6月26日の私は思うのである。そして、そのXデーが来た時、またこの記事を読み返し、相違ある点をあぶりだしたいと思う。

寺坂直毅に、私はなりたい。

寺坂直毅、宮崎県生まれ37歳。職業、放送作家。星野源のファン界隈では知らない人はいない有名人である。ライブでニセ明の登場前に得意の口上で会場を湧かせ、星野源のオールナイトニッポンで、星野源の目の前に座り、時折ひゃっひゃっと笑い、急遽トイレに立った源さんの代わりにラジオで喋ったり、ADの熊さんにちくビンゴをされたりするする、あの男のことだ。私は薄々気づいていた。寺坂氏が羨ましいと。源さんの寺坂氏に対する並々ならない思いを感じていたからだ。家族や友人よりも多くの時間を一緒に過ごし、仕事やプライベートでも仲が良く、年齢も近く、少年時代の境遇もどことなく自分と似ていて、それでいて自分に無い特別なものを持っている寺坂氏に興味を持ったのだろうか。「自分の中で好きなものを膨らましていくことが人間たる所以で、寺ちゃんはそれを作り上げてきたのではないか、生活に必要の無いものを作り上げることが、動物のかけ離れていることをやることにより、文化が出来ていく。それを寺ちゃんは一人で体言している人だと思っている。」こう、寺坂氏の事を熱く語る源さんを見ると目から汗が出てくる。ここまでお互いがお互いを尊敬し合っていて、自分のことを自分以上に分かってくれている人がそばにいる。それはとても複雑な感情で、羨望・妬み・嫉み・やっかみ、(笑)簡単に言うと「源さんにこんな言葉を言わせる寺ちゃんが羨ましい」この一点である。あれは公共の電波を使った公開プロポーズだったのではないかとさえ思えてくる。本当に本当に羨ましい!!!羨ましすぎて私は寺坂直毅になりたい。次に生まれ変わるときはぜひ、寺坂直毅でお願いします。

星野源の才能に惚れた話。

歌声、歌詞に続き、源さんの、源さんが精魂込めて生み出した曲を語るのはおこがましいがその前に私の音楽遍歴をお伝えすることにしよう。音楽は幼い頃から好きでピアノもやっていて、家のステレオからは石原裕次郎、加山雄三、クラシックが流れるそんな家庭で育った。今でもipodがないと生きてゆけない、音楽は自分の生活になくてはならないものだ。とはいえ、世界中の音楽を満遍なく聴くわけでもなく、米国のビルボードでTOP10に入るような曲もipodに入れてちゃんと聞いたことは一度も無い。私は80年代のアイドルソングが好きだった。90年代の前半はバンドにハマりJPOPも聴き、00年代からはiphone4の購入後世界中のラジオを一つのアプリで聴けるものをDLし音楽の世界が広がった。それまでJpopメインだったものが世界の音楽にも耳を傾けるようになった。30代後半からジャズも好きで聴くようになった。ただこの人のコレという事は無く、静かな感じのジャズが好きだ。クラシックも好きでN響アワーなどでラフマニノフのピアノ協奏曲第2番などが演奏されていれば必ずそのまま見てしまう。あとは70年代の洋楽も好きでベイシティローラーズやカーペンターズ、ABBA、Earth, Wind & Fireなどのダンスミュージックも今聴いてもとても心地良くて好きだ。当時聴いていたのはベイシティローラーズだけだが、大人になって聴いて耳馴染みがいいのは70年代の洋楽でアプリでよく聴いている。以前にも話をしたが星野源の音楽と初めて出会ったのは2015年4月クールのドラマ「心がポキッとね」の主題歌「SUN」が最初だった。その後リリースされたアルバム「YELLOW DANCER」リリースから約半年後そのアルバムを耳にすることになる。その頃ドラマ主題歌とかCM等のタイアップ曲を数曲聴き、メロディが好きなアーティストのアルバムを借り聴くのだが、興味が無い曲は飛ばして聴くようになった。そんな中聞いた星野源という人が作ったこの「YELLOW DANCER」と言うアルバムには飛ばす曲が一つも無かった。耳馴染みの良い自分の好きな曲ばかりだったのだ。こんなことは本当に珍しいことだった。Week Endと言う曲がある。この曲を聴いた時自分が好きな70年代のダンスミュージックのようで、聴いているだけで踊り出したくなる、テンションの上がる曲だった。そしてその年の秋、「恋」と言う楽曲に出会う。とにかくこの曲は大げさでもなく本当に4ヶ月もの間、この曲だけがずっと頭をループし離れなかった。星野源さんの事が気になるのか、曲が気になるのかわからないが、起きている時はずっとこの曲が頭から離れないのである。生まれてこの方この様なことは初めてであった為恐怖すら覚えコレは星野源による何らかの洗脳かと本気で考えていた。メロディ、アレンジ、源さんの声、演奏、BPM(音楽のテンポを表す単位)数字が高ければ高いほど速度が速い)ドラマの面白さ、踊り、全ての要素が絡んだからなのか本当に中毒性がある恐ろしい曲である。3月に入ってLIVEのチケットが取れ源さんの曲を全曲聴きたいと思い立ち「ばかのうた」「エピソード」「Stranger]を入手し聴いてみた。SUNから星野源の作る音楽に入った私はテイストの違いに驚いた。暗い、とにかく暗い。曲の冒頭から「殺してやりたい」など今まで聴いたこともないフレーズに驚き、完全にフォークの世界だと思った。ところがどうしてだろう。当初「暗い」と思った曲も、聴く回数が増える度、ありえない位私の心臓をギュっと鷲づかみにする。耳から音が入り脳を回り最終的に心臓をぎゅーーと鷲づかみにする。今まで生きてきた中で曲を聴いてこんなことをされたこともなかった。本当に怖い人だ、星野源って人は・・・。そして初めて聴いた曲で一瞬にしてハッとし引き込まれた曲がある。シングル曲の「知らない」である。PCを操作しながらなんとなく聴いていたのだが、「知らない」のサビに入った瞬間鳥肌が立ちタイトルを即座に確認した。なんて心を揺さぶられるメロディラインなのだろう。そしてCメロからのサビもさらに鳥肌が立った。Aメロからは予想すら出来ない展開でこの人は天才ではないだろうか。そう思わざる終えない一曲だった。最近、2015年に行われたひとりエッジと言うライブの映像を見る機会があった。武道館の中央にステージを組み8畳一間のお部屋をイメージしたセットで歌うコーナーがあるのだがこれが実に良い。一人暮らしを始めた頃6畳一間の部屋でこうやってギターを抱えノートを開き作曲をしていたと言っていた。13000人の前でしかも武道館でやっている感じなど微塵も感じないし、まるで本当に十数年前の源さんを見ているような気持ちになり、胸がぎゅーっと締め付けられた。パーカーを着て眼鏡をかけ胡坐をかいて歌うその姿、MCでギターを抱えながらひっくり返り「曲が出来ない!」と身悶えていると聞けば。その悩み苦しむ姿はファンの心を大いにくすぐるし、本当に盗み見しているような気持ちになる。いつもそんな風に悩み、苦しみ曲と詞を書いているのだと知ることが出来感動すら覚えた。源さんは曲を作る時パラレルワールドのような空想の世界を思い浮かべると言う。どんな世界なんだろうか、源さんしか見ることの出来ない世界。実に興味深いし、可能であればその頭で描くパラレルワールドを見てみたい。よく源さんはこう言う、大きな会場のサブステージで一人照明をいくつも浴びると周りが真っ暗になり何万人の人がいても自分一人しかいないような感覚になる、それが自分の部屋で作曲している時の状態に似ていてとても落ち着くと。これもステージに立つ人にしかわからない感覚で選ばし人間の特権なのだろう。アップテンポで明るい曲調なのに、歌詞をみると結構暗かったり。明るく聞こえる曲調なのに聴く人が変わると暗い歌に聞こえたりする。源さんの作る音楽は綿密に考えられて作られているのだろう。そして源さんの曲を語るならば、これもかならず語らなければならない。源さんは曲を書くとき、アレンジも行う。多くのシンガーソングライターはその名の通り、歌って曲と詞を書く人。源さんの場合ここにアレンジ、つまり編曲も加わる。そんな言葉があるのかわからないが「シンガーソングアレンジライター」となるわけだ。それを源さんは総称し、自らの事を「音楽家」と呼んでいる。アレンジャーとはメロディにハーモニーをつけられる、様々な楽器の奏法、音色。音域を熟知している。等々。アレンジ一つで曲の印象ががらりと変わる。ドラムライン・ベースライン・ギターライン・キーボードライン・ストリングス・ホーン等、これらの楽器の一つ一つの演奏パートを考えるのも源さんの仕事となる。曲を作って詞を書くだけでも大変な作業なのに、各楽器のアレンジを行うなんて。ど素人の自分から見たら壮大すぎてその苦労の想像すら出来ない。でもきっと源さんは音楽が大好きだし作るのも、楽しいんだろうな、そう思うのである。ジャンルを問わず世界中の色んな音楽を聴き自分の中に吸収をする。源さんは音に対してすごく敏感で、一般人にはない音センサーみたいなものが源さんの身体に搭載されていて、耳に入ってきた音を即座に分析する能力があるのではないか。そういったものの積み重ねから、○○の音楽と△△の音楽を融合させて新しいジャンル、たとえばイエローミュージックを作ろうとか、そういった発想になってゆくのではないかと考えるのだ。ドラムをこう叩いて、普通の人ならば絶対入れないであろう場所にこの音を持ってきて、こう叩いてもらおう。普通はシンバルをバーンと入れるけど、今回は一切シンバルを使わないようにしよう(Family songの時はそうでしたね)とか、音の速さは普通よりも早くしたらかっこいいんじゃないか?(恋はトイレで思いついたと言ってましたね)そんな風に考えながら日々を過ごしていたり、曲作りをしているのではないだろうか。この1年、星野源という人を見続けてそう思ったのだ。私の貧困な語彙力では表現しきれないが、源さんは他の人にはない発想力、独創力、人間力を持っていて、それをリアルタイムで知ることが出来る。なんて幸せなことなんだろう。4月から始まるNHKの朝の連続テレビ小説「半分、青い」の主題歌「アイデア」を半年もの間、毎朝聴く事が出来ること、とても嬉しく思う。そして、ニューアルバムの完成が待たれるとことである。

星野源11th single「ドラえもん」と「映画ドラえもんのび太の宝島」の私的レビュー

先月韓国で冬のオリンピックが開催された。インタビューでメダルを獲った選手がこう答える。「日本で応援してくださっているみなさんから、たくさんの勇気をもらいました。」普段から一切スポーツ観戦をしない自分は、尻を掻きながら独り言を言う。「勇気って何?勇気ってもらえるもの?そんなのアニメの世界とオリンピックでしか得られない特別なものじゃないの?」実際自分も年齢を重ね、何事にも真剣に向き合って来なかったからなのか、子供の頃の気持ちをほぼ忘れているせいなのか、大人になって「勇気」という言葉を使わなくなっていたからか、言葉の意味すらわからなくなっていた。ねぇ、勇気ってなに?オリンピックが終わって直ぐ、源さんの11枚目のシングル「ドラえもん」がリリースされた。「ドラえもん」を初めて聴いた時の衝撃は記憶に新しい所である。何度聴いてもPOPで踊り出したくなるし元気や勇気がもらえる。勇気・・・勇気・・・。勇気!!!!!勇気の意味もわからなくなっていたのに不思議と源さんのドラえもんを聞くと"勇気”が沸いてくる、そう感じたのだ。なんだこれは!!!なんなんだ!!この感覚は!!!自分が感じた“勇気”と本来の言葉の意味が合っているのか知りたくなり言葉の意味を調べてみた。―ゆうき【勇気】普通の人が、恐怖、不安、躊躇、あるいは恥ずかしいなどと感じる事を恐れずに(自分の信念を貫き)向かっていく積極的で強い心意気のこと。勇ましい強い心をいう。ー源さんのドラえもんを聴いて沸いてきた気持ちは確実にコレだ。なぜだかわからないが無性に勇気が沸いてくる。そして源さんの“ドラえもん”のリリースから9日後、理由はわからいのだが、私は涙が止まらなかった。「映画ドラえもんのび太の宝島」を劇場で見たのだ。今まで映画館はおろか、テレビ放映すらも見たことが無かったドラえもんの映画。まさか、この年齢になってドラえもんを見ることになろうとは!!しかも劇場での鑑賞をするなど思いもよらなかった。映画の冒頭から源さんのドラえもんが流れるまで、なぜだろう何度も何度も涙がこぼれてくる。悲しい訳でもない。嬉しいも違うし、感動でもない気がするし、とにかくなぜだかわからないけど涙が出てくるのだ。映画の終盤で流れる「ここにいないあなたへ」が流れた時、ストーリーに集中していたからなのか曲が流れたことに数秒気づかなかった。絶妙で自然すぎる曲の入り、映画のストーリー、曲と源さんの声の優しさを感じた時、涙はピークに達する。今まで色んな映画を見たが、こんな気持ちは初めてだった。なんていうことだ!!子供のための映画だと高をくくっていた。のび太は普段ドラえもんを頼って弱虫なのに、困難に直面した時自分の奥底にある勇気を振り絞り敵に立ち向かってゆく、しずかちゃんを助けたい一心で。きっとその姿に感動をし、気持ちを動かされたのだ。自分がいつの間にか忘れてしまった気持ち。それを、星野源の「ドラえもん」と「映画ドラえもんのび太の宝島」は私に教えてくれたのだ。

新曲「ドラえもん」で知る星野源の音楽家の顔

1/15に突然、新曲リリース情報がアップされた。2/28に新曲ドラえもんがリリースされること、そして翌日のANN内でフル解禁されると発表された。 新曲リリースは年に1回、前作の「Family Song」のリリースは8月だったのでまだまだ先だと思い込んでいたので突然の発表に驚かされた。 "映画ドラえもんのび太の宝島" の主題歌、挿入歌を源さんが担当することはわかっていたのに自分の読みの甘さに辟易する。自分は源さんが苦しみ生み出したその愛すべき新曲を初めて耳にするのはテレビの特報で数分を抜粋してと言ったような聴き方はしたくない。 なのでラジオでフルコーラスを聴けるその時までTVでの特報はもちろん文字による情報も入れずその記念すべき瞬間に挑みたかった。 わかっているのはタイトルの「ドラえもん」だけ。 タイトルが余りにストレートすぎて逆にどんな曲になるのか予想できなかった。そして解禁日の26時過ぎ、星野源の新曲「ドラえもん」が電波に乗り日本中に届けられた。明るいテンポで覚えやすくそして何よりドラえもん推しが凄いと思った。中でも聴いた瞬間から頭から離れなかったのは “ドドドド ドドドド ドドラえもん”のフレーズだ。聴いた瞬間からリフレインされる衝撃的なフレーズだった。 なるほどこう来ましたか。聴き進めてゆくと間奏で聴きなじみのあるメロディが流れる。 ♪それがどうした ぼくドラえもん♪ 源さんより年上の自分にもなじみの有るメロディで心がほっとする。 今まで名だたる多数のアーティストがこの映画版ドラえもんの主題歌を依頼され曲を書き下ろしてきた。その中でこんなにも“ドラえもん”の世界の真ん中に立ち主題歌を作ったアーティストがいただろうか。 そして音楽を作ることに関してド素人の自分だが、タイトルを「ドラえもん」とすること、曲中に「ぼくドラえもん」のメロディの一部を入れる等、禁じ手とも思えるタイトル決めを含め全体の曲作りで他のアーティストがやっていそうで一番やらなかったことを源さんは挑戦をした。 なんて人だ、この人は。 歌詞の中にドラえもんだけではなく、のび太、スネ夫、ジャイアン、しずかちゃん、出来杉君が歌詞に登場していことに気づいた時鳥肌が立った。この仲間の中に自分がいていいんだよ、そんな風に言ってもらえているような気持ちにすらなる。 やはり、なんて人なんだ星野源と言う人は。 この曲は星野源という一人の音楽家が作った楽曲なのだがそれだけではなく、誰が聴いてもこの曲はドラえもんの映画の主題歌として、しっかりと中心にいることがわかる。 昔自分が幼い頃見ていたアニメの主題歌は、アニメに出てくる主人公が主題歌の中でも主人公だった。 キャンディキャンディ、天才バカボン、サザエさん、おばけのQ太郎、ベルサイユのばら等々あげだしたらキリがない。いつからかそういった曲が減っていった。源さんの「ドラえもん」を聴いた時、当時のよく流れていたアニメーションの主題歌を思い出した。 きっとこの曲は今の子供の心に残る素敵な曲になると私は思うのだ。 ドドドドドドドドドドラえもん!!! ~後半は源さんの新曲「ドラえもん」の制作に関する発言を文字起こししました。文字として読み直すとまた違って見えたり、聞き逃してしまっているかもしれない所が埋まったりするので読んで見てください。

源さんに背中を押された日の出来事

濃密幸福な時間 WOWOW ドラマW プラージュレポート実を言うと、3/21の夜にエキストラ当選のメールを頂いてから妄想を繰り返し眠れなくなりご飯も食べられなくなった。もしかしたら源さんと会えるかもしれない、そう考えるだけで脳内にアドレナリンが大量放出された。5人のみの少人数ということ、実年齢での応募での当選も嬉しかった。前夜、仕事が終わってからフェイスパックを買い久しぶりの即席の自分磨き。衣装も3パターン用意して欲しいという要望があったためキャリーに入れて準備が完了した。2017年3月24日(金)13:00 美容室へ半年ぶりにカットに行き仕上げもきちんとセットをしてもらった。集合時間の16:30まではまだ時間はあるが早めに到着しておいたほうが安心だと思いで15:17集合場所である入谷駅に到着した。銀行に行きお金を下ろした後ドトールに入った15:35。SNSをチェックしているスマホに見慣れない携帯からの着信があった。混雑はしていたけれど喋っている人が誰もいない店内だったが出なきゃいけない電話のような気がして即座に通話ボタンを押した。電話の相手はメールのやり取りをしていたスタッフの中山さん(仮名)からだった。「きのこさんすみません、実は1時間半くらい撮影が巻いていまして集合時間を早めていただきたいんですけど大丈夫ですか?」「今もう入谷のドトールにいます、すぐに行けますよ。」「ありがとうございます!助かります!すぐに来ていただけますか?」「わかりました。」え?まじか?この1時間で気持ちを落ち着かせようとかいろいろ準備をしようと思っていたのに、買ってきたアイスティだって全く飲んでないし化粧も直してないしトイレにも行ってないし。落ち着こうとするもいきなり呼ばれた衝撃が私を襲う。え?え?まじで?もう行くの?心の準備は??買ったばかりで口をつけていないガラスのコップに入ったアイスティを持ち帰りの容器に入れ替えてもらい店を出た。集合場所まで小走りで行くと台本を持った若い男がこっちを見て待っていた。私を見て中山さん(仮名)はすぐに気づいてくれてすぐに現場へと案内された。現場は駅に近く1本路地を入ったところにある古い民家を改装したカフェがロケ場所のようだった。窓ガラスには暗幕が張られておりナイトシーンだと言うことがわかった。しばらくその場で待つように言われ待っていると中山さん(仮名)より偉い感じの助監督が私のところにやってきた。集合時間の1時間前にいた猛者は私と20代くらいの男の子で、その上席助監督を仮に山田さんと呼ぶことにしよう。山田さん(仮名)は私たちを見てこう言った。「ん~どういう関係だろう・・・」まぁ確かに。若い男とアラフィフのおばさん。どうも接点が見つからない。ひとまずここは無難に親子という事に落ち着いた。しばらく現場の準備ができるまで外で待っていると私と息子が呼ばれ店内に入った。お店の中はとてもおしゃれでセンスのいい家具や小物で溢れていた。決して広いとは言えないがちょうどいい広さの店内でたくさんのスタッフがそれぞれの仕事をしている。ざっと見渡しても俳優らしき人は誰もおらずそれどころかカメラすら据え置いていなかった。山田さん(仮名)と同じような別の助監督がこう言った。(後で調べてみるとこの助監督らしき人は吉田康弘さんという監督でした。若くてイケメンだったから監督には見えなかったー。失敬。)「じゃあエキストラの方の動きのテストしようか。」フロアから3段ほどの階段のところにレジがある設定でカウンター内にいる店員からお釣りの1200円受け取り帰っていくという流れだった。久しぶりのドラマの現場は本当に楽しい。一つの作品を作るために色んな所から色んな人が集まりながらも生き生き仕事をしている。私にお釣りを渡すこの店員がもし源さんならと軽く想像をするも、スタッフの会話を聞いていると出てきた固有名詞は女子のものだった。ハイ源さん消えたぁー。いたし方あるまい、源さんが出ているドラマに出られるだけでも本望ですよ。本当に。とは言え源さんじゃないのかーと言う素直ながっかり感は拭えない、でも私は女優!プロよ!与えられた役はどんな役でも全力投球よ!!(もはや女優気取り)お釣りを渡してくれたのは小道具のスタッフで、そのスタッフと息子役の若い男子とリハを何度か繰り返し店内の椅子で座って待つように言われた。その間にカメラ位置などを決めどんどん準備が進むとまた立ち位置に入ってくれと呼ばれた。その場で少し待っているとカウンターの中に石田ゆり子さんがいるのが見えた。うわっ!!ゆりちゃん!!!カウンター内の店員は石田ゆり子さんだったのだ。細くて透明感があってめちゃくちゃ綺麗だ。さすが女優だぁぁ美しい!!もし源さんがいなかったとしてもゆりちゃん見られただけ幸せだ。この時点で源さん以外のキャストは発表になっていないし、朝逃げ恥を見てきたこともあって本当に驚いた。ゆりちゃんと私は二人で軽く動きを確認した。何?この状況??「私今石田ゆり子と芝居してるよ」すっごいなぁ~と感心していると私が立っている奥の方から白っぽいシャツと水色のエプロンをした小柄な男が真顔で歩いてきた。ぬぉぉぉぉぉーーーーーーーげ、げ、源さーーーん!!!!いたぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーー!!!源さんも居たんですねぇぇぇ!!!かわいい!かわいい!!ホンモノの源さんだぁぁ。動いてる!息してるし生きてるーーー!嬉しい嬉しい本当に嬉しい!!!!!!!!!それに何?そのかわいい格好!チェックのエプロン姿が妙に似合っていてかわいい!!「リアル源さんがかわいすぎる件について~~~!!!」と言うことは・・・。私がこの現場に到着してから源さんと半径10メートル以内に居たってことか。突然現れた源さんを見た瞬間震えが止まらず顔がニヤけた。でも私はまだスタッフやゆりちゃんがたくさんいるカウンターの近くに立っている。出来うる限り下を向き歯を食いしばり口を真一文字に結んだ。そうしていないと自然と広角が上がり目尻が下がり顔がニヤけてしまうからだ。「源さんだ源さんだ源さんだ源さんだ・・・」呪文のように頭の中で繰り返した。源さんが私の前を歩いている。うわぁぁ何?この距離感!!手を伸ばせば届く距離を歩く源さんを見てますます顔がニヤけた。また山田さん(仮名)テーブルで待つように言われ待っていた。ここでもやはり同じように俯き歯を食いしばり、口を真一文字に結ぶ。手は震え口が乾きながらも脳内には源さんの曲、「時よ」が流れループしだした。自分のテンションを表すような速いテンポの曲だ。♪動き出せ 針を回せ 次の君に繋がれ♪店内にたくさんのスタッフがいる。それよりなにより源さんがいる。ファン丸出しのエキストラが源さんを見て舞い上がってしまってはダメだ!絶対ダメだ!!!でもこの興奮は抑えられない。抑えられる訳がない。だって本当に夢にまで見た源さんなのだもの。その源さんと狭い店内にいられるなんて。あまりの非日常状況に混乱をした。あぁぁ嬉し過ぎておかしくなる。山田さん(仮名)が私たち親子を呼び有名俳優陣を含んだドライが始まった。石田ゆり子様と星野源様ときのこだきのこ、あと若い彼でやるのよ!すごくない?これ。この4人で芝居をするのよ!!カメラは回っていないけどめっちゃくちゃ緊張するではないか!!源さんがすぐそこにいるのよ!!ゆりちゃんが私に「はい1200円のお返しです」と言いながらお釣りを手渡し私が「ごちそうさま」と言って受け取る。そして源さんの横(その距離推定50cm)を通り過ぎると源さんは「ありがとうございましたー」と私たちに声をかけそのまま親子は店外へ出る。私は源さんの横を通る時「どうも~」と発すると源さん扮する貴生は私を見て「ありがとうございます」と答えニコッと笑った。ちょっとぉぉ!!目が目が目が目が目があった・・・・近い!近い!源さんとの距離が近い!!!息子がお店の引き戸を開け店を出でカメラから外れたとたん倒れるんじゃないかと思った・・・。何これ?現実?夢?もうお母さんはニヤけが止まらない。胸が苦しい。ドライを1本やってまたテーブルのところで座って待っていて下さいと指示が出たので座っていると源さんが衣装さんとメイクさんの二人の女子に囲まれて私の前に座った。緑?紺?(嬉しすぎてどっちか忘れた)のクロックスのサンダルのようなものを履いていた源さんが衣装のスタンスミスに履き替えながらスタッフと談笑している。その顔には笑顔があった。うわぁぁーーー芝居ではなく素の星野源が笑ってるぅ、こんな近くで源さんの笑顔を見られて幸せ!やっぱりかわいい!かわいいのは最強なんです!かっこいいの場合かっこ悪いところを見ると幻滅するかもしれない、でもかわいいの場合は何してもかわいい!かわいいの前では絶対服従全面降伏なんです!!山田さん(仮名)に私たち親子が呼ばれた。立ち位置に戻ると私の立ち位置に黒い布ガムテープでバミリがしてあった。うわ~~!私のバミりだぁ!なんか嬉しい~!!!!次は本番だと言った後吉田監督は私にこう言った。「お母さんはお釣りをもらう時ご馳走さまとか言ってもらっていいですか。」「はい、声は出してもいいんですか?」「いいですよ言っちゃってください。」マジか!!!!エキストラとは無言で喋る芝居をするものですよ、今までそうしてきましたよ。それが正しいエキストラですからね。それなのに声を出してもいいとは!!さらに吉田監督は畳みかける。「あとね~」「はい。」「こっちにも料理をサーブしてくれた店員さんがいるから横を通り過ぎる時ご馳走さまと言って通ってください。」「マジかーーーぁぁぁぁぁぁあぁあ!!!マジなのかぁぁぁぁーーー!!!」《こっちの店員さん》こそがまさに源さん!!げげげげげげんさんに話かけ店を出るだと??本気で言ってるのかこのAD様は(このときはADだと思ってる)「はい!」極めて冷静を装い大きい声で返事をしたものの口の中の水分がすべて抜け、唇も口の中もかっさかさになり息も上がっているようだった。水が飲みたいヤバい、本当に死にそうだわ。ドライの次は本番となった。カメラが回っているという緊張はゼロだったがやはりそこに本物の星野源がいると思うとそれだけで緊張してしまう。でも誰にも出せとも言われてはいないが私はエキストラのみのリハ時からちゃんと自分の財布を出し芝居をしていた。テストと同じようにゆりちゃんからお釣りをもらい財布に入れ源さんの横を通り過ぎる。そしていよいよ源さんに「ごちそうさまです」と話しかける時が来た。「ごちそうさまです。」いつもより少しだけ高い声を出した。源さんは私の目を見ながら「ありがとうございました。」と笑顔で言った。ぶわぁぁぁぁぁぁぁ崩れ落ちる・・・立っていられない。も、もうやめてクダサイ・・・これ以上やられたら冷静さを失います抱きついちゃいます即死亡の前に現行犯逮捕です。死ぬ・・・それだけでも死にそうなのに源さんやめてぇぇぇぇそんな笑顔ぉぉぉぉ。ありえないほどの至近距離で大好きなそんな笑顔を見せるなんてぇぇ。好きの嵐が・・・。私の中の星野源旋風が店内の様々なものを巻き込みながら吹き荒れた。チェックをすると監督がもう1本やろうと言い出した、もちろんです!!100本でも200本でもやります!!一生できますっ!!!やらせていただきます!!!やり遂げます!!!!!また同じように源さんに「ごちそうさまでした」と言うと同じように私の目を見てにっこり笑顔で「ありがとうございます」と答えた。悩殺とはまさにこのことだ。よくテレビで見るアレ。笑顔で人は殺せる。この時そう思った。源さん、あなたは私を殺す気ですか?心の準備もなく現場に呼ばれ源さんとセリフを交わせと言われここまでやり遂げた私はホントに偉い!この二度目の本番の時は息子と店を出る道すがら「美味しかったね~今度はお父さんを連れて来ようね」とアドリブをかましそのテイクがOKとなった。あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁもう私、死んでもいい。人は自分の想像を超える幸福感に陥るとこんなセリフが口をついて出てくる。《死ぬ》と言う言葉を軽々しく口にしたくはないがどうしてもそう思ってしまう。私が出演したカットがOKとなり私たちは外に出た。たまたま早く来ていた人が若い男子じゃなければ私がお会計をし源さんにごちそうさまと声をかけることもなかったのだ。美容院の予約がもっと遅かったら到着も遅くなっただろうしこの日のすべての行動がうまく回った。今までたくさんの作品にエキストラとして参加させていただいたがここまでいい役をいただいたことはなかった。主役と絡んでセリフを交わすなんてありえない。エキストラは画面の背景となり気配を消すものだと思っていた。あろうことか主役の源さんと絡みがあるなんてしかもセリフのやり取りまで・・・。源さんを好きになった時にはもうすでに源さんは人気者で、手の届かない存在だった。(すでに手が届いたかのような言い草)というかまだ星野源に屈してから1か月とちょっとしか経っていない。それなのに私はステージ上の源さんではなく、テレビを通した映像でもなく目の前の、正真正銘の目の前にいる星野源とセリフを交わし笑顔を交わしたのだ。触れこそはしていないまでもありえないほどの近い距離感。いきなりこの距離感に来るとはさすがの妄想好きの私も妄想すらできなかった結果だった。それだけに喜びもひとしおなのである。変な話、源さんは本当に生きている存在するヒトだったんだなぁと思った。福山さんとかと同じようにテレビでしか見たことがない人はその存在が本当に確かなものなのか疑念を抱くことがある。源さんもそれと同じだった。そんな源さんの視界に入って視線を交わし言葉を交わすことが出来たこと、芝居とは言え、いや、その源さんと芝居が出来たこと自体すごいことである。夢の中にいるような現実味のない不思議な感覚だった。本当にあった出来事なのかも疑わしくなる。私の出番が終わったのが16:30、源さんの姿を最初に見てからたった30分の出来事だった。今まで体験したことのないあまりに濃密な30分だった。中山さん(仮名)と話をしている時源さんがお店から外に出てきた後ろ姿を見送った。この日の撮影終了予定は22:00だった。用意した衣装に着替えることもなくまさかの5時間半巻きで終了となった。でも私はもう十分満足だった。電車に乗っても顔がにやける、本当にありえないくらいニヤけるのでストールを深くかぶり顔を隠して電車に乗った。早くこの気持ちを誰かにぶつけたくて新宿で仕事をしている友人を呼び出し初めてハグをしたいと思った。嬉しすぎて誰かに抱きつきたいという感情は後にも先にも出たことはない。そういえばこんなに嬉しかったのっていつぶりだろう。こんなに笑ったのっていつぶりだろう。何をするにも楽しめず夢中になれなかったこの数年、生きている意味さえも分からなくなっていた。少しでも興味があるものに手を出してみても今一つピンと来ない。でも源さんのおかげでやっと自分を取り戻すことが出来、生きていく目的も見つけられた。些細なことでもイライラしていた自分も今はもうどこにもいない。なぜこんなに源さんにハマったのかは実のところ自分でもわからない。今わかっているのは源さんの笑顔と自分との共通点の多さなのかもしれない。目を閉じるとあの時の源さんの笑顔がフラッシュバックする。1週間以上経った今でも源さんの笑顔を見ると思い出す。この先、源さんの視界に入ることも、源さんと目が合うことも、目の前の笑顔を見ることも、喋ることも二度と無いかもしれない。でも源さんは確かに存在する人間だってことをこの目で確認することがでた。そしてたった1度でもその源さんの視界に私が入ったこと、目が合ってありがとうという言葉を聞いたこと、源クラスタとしてはこの上ない幸せである。今後どんなに辛いことがあったとしてもこの日の源さんの笑顔を思い出せば私はきっと頑張ってゆける。撮影の記念にとプラージュの台本を模したA5サイズのノートを頂いた。これが本日のギャラである。源クラスタならばお金を払ってでもやりたい素晴らしい役を与えてくださったWOWOWドラマWプラージュのスタッフの皆さま、私を抜擢してくださった助監督の山田さん(仮名)、そしてセリフを与えてくださった吉田監督様、本当に本当にありがとうございました!~~あとがき2018年1月吉日~~あれから9ヶ月が過ぎた。自分が体験しそのことを文章にしたことなのにこれを読むとどこか他人事のような「このファンの人、源さんに会えたんだねぇ本当によかったねぇ、そしてうらやましい!!」とそんな気持ちになる。あきらかに9ヶ月前の自分に嫉妬しているのだ。オンエアされた映像を見て私と源さんが同じフレームに収まっていることが不思議で信じられない。この9ヶ月の間様々な魅力を私にぶつけてきた星野源という人間を更に好きになっている。きっと今の自分が源さんに会ったらこの時の自分以上になることは間違いなく、口の中がカラッカラになる以上の現象に襲われることは間違いない。今度は崩れ落ちるかもしれない(美しく崩れ落ちることが出来るようリハーサルに余念がない)ウソ…

始まりの年の終わりに思う事

2017年が終わろうとしている。今年が始まった頃、こんな大晦日を迎えることを想像できたであろうか。以前にも話をしたが2017年になった頃まで、私は惰性で生活をしていた。毎日、生活の為に仕事をし家に帰ったら録画しておいたドラマやバラエティを見ながらスマホでゲームをし時間を潰すそんな毎日だった。特に言いたいことも無く、楽しいことも無くきっとこのまま自分はそんな人生を送り一人寂しく死に行く運命あるのだと。そんな日々を送る中で自分でも気づかないくらいゆっくりゆっくり好きになって好きだと気づいた時にはもう心の底から大好きになっていた。もう人を好きになることなど無いと思っていたのに。自分と言う人間はきっと何かを好きで夢中じゃないと生きている実感も沸かない人間なのだ。その事にこの年齢で気づくとは思いもしなかった。星野源と言う一人の才能溢れる人を好きになってからと言うもの、源さんの可愛さに悶絶し、かっこよさに心酔し、才能に魅了され新しい源さんを知るたびに更に好きになり生きている実感を多いに感じ、世の中に向けて発信したいことが出来たのである。源さんを好きになっただけでこんなにも世界の見え方が変わるとは、こんな世界があったなんて・・・。そして源さんはいつも私に新しい「私」を教えてくれた。源さんを中心に放射線状に派生された様々事柄。たとえばテレビを見ていて、何か面白そうなことをしている人を映しているとする。それを源さんだったらどうだろうと考えるようになった。様々な事に源さんを絡めることによって色んな発想が沸いてくるようになったことが本当に楽しくて仕方がない。今年、ドラマの撮影で源さんご本人とセリフを交わさせていただいた事が本当に嬉しくて、この気持ちを文章として残したいと思ったのが始まりだった。あの出来事から背中を押され自分の中のやる気スイッチを押されたと私は思っている。アナタはつまらない人じゃない、あんなこともこんなことも始められる。僕はきっかけに過ぎないんだ。そんな風に言ってくれているように。天国のような星野地獄に堕ち続ける自分は嫌いではない。源さんが発する言葉に一喜一憂し新しいCMを見てハートブレイクする子供みたいな自分も嫌いではない。いつも源さんには癒してもらうばかりで源さんが辛い時、大変な時、それすら気づきもしない。たとえ気づいたとしても何にもしてあげられないし、なんの恩返しも出来ずにもどかしい気持ちもある。でも、私はそういうことをしてあげられる立場にないので私に出来ること、テレビに出たらリアルタイムで視聴しリリースがあれば購入する。そうやって自分が出来る形で恩返しをしたいと思うのである。そして何より源さんのチカラもさることながらSNSで知り合った源クラの皆様のチカラもとても大きい。実生活の周囲に源クラになったことに対する理解者がいない中、SNSで知り合い自分と同じ気持ちの人がこんなにたくさんいたことがとても心強く嬉しかった。自分が発信することに同意してもらえる喜びは何事にも変えがたい。またツアーでたくさんの源クラさんとお会いできでとても嬉しかった。ツイッター上、インスタ上の形の見えない人たちが形となって見えた瞬間だったからだ。源さんはもちろん、私はこの仲良くしてくださる源クラさんのおかげで楽しい毎日を送れている。来年もより一層お引き立てのほど宜しく御願い致します。きのこだきのこ

「源」と言う名前

毎年このくらいの季節になるとその年の漢字一文字を決める。今年一年の世相を漢字一文字で表現するのだ。世相は何を選ぶかわからないが私は断然この言葉「源」である。自分にとって、今年この「源」と言うコトバを発し、文字を見た。こんなにこの字を愛おしく思ったのは初めてだ。---------------------------------------------------------【源】音読:ゲン 訓読:ミナモトものごとのはじめ、物事の成り立っている基礎となるもの水流の発するところ→源泉・源流・水源地---------------------------------------------------------「源」と言う言葉の意味を考えれば考えるほど源さんは本当に名前の意味の通りに、新しいものの"源(みなもと)”を生み出して来たように思うのだ。イエローミュージックも然りである。源さんは私にとって元気の"源”で、本当に無くてはならない存在だ。源さんは何かの"みなもと”となり名前の通りに生きているんだと思うのだ。源さんのご両親が思いを込めてつけた名前。みずがめ座で雨の水曜日に生まれ名前にさんずいが付き「水」と関係が深い名前。水辺が好きなのも頷ける。以前テレビのインタビューで石田ゆり子さんが源さんの事を「私より大人で年下とは思えない。源さんを尊敬している」と言っていたのを思い出した。それを見た時、立場は違うが自分も源さんを尊敬していることに違はず同じだなと感じた。私はゆり子さんのように源さんを直接呼ぶことは出来ないけれど、私も始めから「源さん」だった。それ以外思いつかなかったのだ。なんだかよそよそしくもありつつ尊敬の気持ちを込め、それでいて最高に愛おしいそんな存在。

マイクの前のキミとラジオの前のワタシ

今日11/21源さんに会えない火曜の深夜第2週を迎えた。眠い目をこすり、横になったら寝てしまうから部屋掃除をしつつ、無理して27時まで起きていなくても良いのだ。なんなら日付が変わる前に照明を消しベッドに入っても良い。なんのことはない、月曜の夜と同じだ。11/7の放送で源さんが3週間の有給休暇を取ると言った時なんとも言えない寂しい気持ちになった。なんの脈略もなく突然発表された衝撃も手伝い、その事実が自分に重くのしかかった。仕方ないのはわかっている。ラジオをやる事でこの先の仕事が渋滞してしまうから源さんも泣く泣く有給休暇を申請したのだ。わかってはいるものの、ぶつけようのない寂しさ、空虚感、虚無感はいかようにも拭い去る事が出来なかった。自分の中でこんなにも源さんのラジオが大切で生活の一部になっていたのだと思い知った。シフト勤務のように日月火は8時から17時まで仕事、火曜の25時から星野源のオールナイトニッポン、水木は11時から20時まで、と言ったような感じに。可愛い源さん、かっこいい源さん、ヲタクな源さん、エロい源さんetc..ラジオで色んな源さんを感じることが出来る。姿も見えないのに何度枕に顔を押し付け雄叫びを上げながら悶絶しじたばたしたことか。ラジオは本当に特殊なメディアだと思う。テレビの派手さは無い、雑誌のちゃんとした感じも無い。でも毎週生で声を届け誰もいない部屋で一人ラジオから流れてくるその声を聞いていると姿こそは見えないけれど深夜のおしゃべりを楽しんでいるような気持ちになる。自分が小さい頃、テレビは一家に一台だった時代、自分の部屋で楽しむのはテレビの音楽番組からカセットテープにに生録したものを聞くかラジオだった。自分の部屋で、インターネットなど言葉すら無かった(知らないだけ?)時代に外の世界と繋がるのは唯一ラジオだった。思春期の昭和の記憶。今は自分専用のテレビもレコーダーもスマホもパソコンもあるけれどここは敢えてラジオで。大好きな源さんの声に耳を傾けて。以前ふとリアタイしていて思った事がある。“ツアーも無くテレビに出る仕事も無い時期に毎週生放送で源さんの声を聞ける事が本当に幸せだ” と。ラジオがあるおかげで今やっている仕事の裏話を聞けたり、感想を言えたり。毎週27時過ぎの源さんの姿を見られるなんて、どれだけ幸せなことか。もっともっとありがたくラジオを聞こう。12/5の深夜25時、ラジオの前のワタシは3週間の禊を終えマイクの前のキミに会える瞬間を楽しみに待つことにしよう。第一声はなんだろう、そんな事を考えながら。